■八寸実演

これらの料理を使って、今から3種類の盛り込みを紹介します。一つ目が、青竹を使ってのディスプレー、二つ目が、大根のケンと金箔貝殻を使った浜辺に貝殻がある風景を表現します。そして、今年が酉年(資料4参照)ということで、鶏を形どった盛り込みも作ります。

八寸の盛り込み方

「八寸」の盛り込み方について、現在では料理屋さんによって盛り方も品数も内容も様々です。その中でも、吉兆と他の料理屋さんとの最大の相違点としては、複数人数の盛り込みをする事は他店では少ないという点です。複数の料理を1つのお盆や皿に盛る事はあっても、5〜6人前を1皿に盛り込む事はないと思います。理由としては、それらの料理をサービスするのが大変難しいからです。サービススタッフの教育まで手がまわらない事もその理由にあるかもしれません。若しくは、食事時間を短縮できるから、回転率が上がりホールの有効利用になるとの考えかも知れません。
しかしながら、視覚にインパクトを与える為には、一人前の料理より五人前を一度に盛り込む方が、大きくなりインパクトがあります。また、アピール度も増します。その際、気をつけることとしては、色の選別や配列、お客様の目線、置く場所、料理のバランスなどが大切なポイントになると思います。
盛り込む際の目線は、あくまでお客様の目線です。つまり、4人がけのテーブルの真ん中に置く場合と、右端に置く場合、左端に置く場合では、当然変わってきます。お客様が3名なら、まずその盛り込んだものをテーブルのどこに置くのかサービスの者と打ち合わせをします。そしてそこから3名のお客様全てが見る目線を想像して盛り込みます。このような考え方は、知る限りにおいてはどこの料理屋さんもしていないと思います。また、その際、その目線の先のバックの風景をイメージしてお客様の目の高さに自分の目の高さをおいて盛り込むことも大切です。
盛り込みの方法としては、シンプルさを強調する場合と複雑な中に際立たせる部分を作る方法があると思います。そのセンスは正に絵画を書く時の心境そのものです。しかも、盛り込んで出来るものは、絵画よりも立体的ですので、複数の色々な三角形を三次元的に想像して盛り込みます。
昔から伝わる手ほどき書には、盛り込みの方法として、「陰陽五行学、五色、五味、五方」が必要だと言われています。「陰陽五行学」とは、中国の古来の考え方で、簡単に言えば、「それぞれがバランスを保ち互いに存在しあっている」という事だと思います。盛り込みに関しても、料理のバランス、例えば、魚の料理ばかりではなく、野菜物、肉物など、食材のバランスや味覚のバランス、盛る方向のバランス、色のバランスが整っている事が大事であるという事です。
盛る方向のバランス、色のバランスは、偏らせる事も高等技術だと思いますが、基本的には、安定よく盛り込む事が好まれています。具体的な方法として、3次元的に3つのポイントを複合させる事が良いと思います。例えば、同色を3つのグループに分けそれを全体のバランスを取りながら3次元的に配置していくという事です。5色あれば5つの三角形が3次元的に絡み合うことになります。同様に、形でもグループ分け出来ると思います。
高度なテクニックとしては、そのキャンパスの中に空白を作ることです。若しくは、はみ出してしまう部分を作ることです。日本画を見ると、べったりした中に余白が大きく取られ、その余白の効果で平面が生き生きしてきます。そういう感覚が日本的な感性だと思います。とはいえ、ゴッホが歌麿を何度もコピーしたように、それを体得するには、例え日本人であっても経験を積むしか方法はないように思います。
そして、徳岡風ということを考える場合、五感も加えたいです。つまり、「陰陽五行学、五色、五味、五方、五感」となり5つの要素が絡み合ったものが盛り込みに必要だと思います。さしずめ「盛り込みの5法」とでも言いましょうか。これらの考え方は、テクスチャーや香りでもグループ分けできると思います。試してみてくださいませ。

尚、「八寸」は懐石の中の一つの料理に過ぎません。また、「八寸」だから盛り込むということではありません。上述のように、料理全体の起承転結を考えた場合の表現方法の一つとして、お造りを盛り込んだり、果物を盛り込んだりするということです。また、「八寸」を盛り込むタイミングもとても重要です。折角綺麗に盛り込むわけですから、一つ前の料理とタイミングを少しダブらせ、早目に盛り付けてお出しします。そうすることによって、お客様は、飾り付けたものを見て、季節や旬を感じて頂く時間が充分持てることになります。これは、非常に大切なことだと思います。そして、鑑賞するという時間があることを考えると、アツアツで食べる方が良い料理屋冷やして出す方が良い料理よりも、常温で充分美味しく食べられるものを選ぶことも大切です。また、日本料理に限ったことではないと思いますが、「八寸」は特に、料理人だけの才能では完成されません。このように複数人の料理を一皿に盛り込んだ場合、実際にお客様のお皿へ取り分けるのはサービススタッフの役割です。従って、前の料理を食べ終わった頃を見計らって、料理や盛り付けのモチーフとなった風景や絵画、歳時記、考え方などについてコメントしながら取り分けることになるため、経験豊かな人でなければ、なかなか完全にこの役割を果たすことが出来ないのも事実です。更に、何度もお越し頂くお客様の場合、出し方を変える事によって新鮮に感じてもらえたり、レストラン側の思いを伝える事にもなります。従って、暖かいものを盛り込みで出したり、姿焼きや姿煮で出したりする場合もあります。

また、「八寸」の盛り込みについて、他の料理屋さんに比べて吉兆の盛り込み方はとても艶やかで大胆、華やかなものが多いのも特徴です。これは、湯木貞一が作り上げたスタイルに基づき、私なりに確立したスタイルと言えると思います。他の料亭も一時はほとんどが湯木スタイル、吉兆スタイルでしたが、現在はアンチ吉兆スタイルが出てきているのも実状です。つまり、食べやすさ、素朴さ、リーズナブルさなどに重点が置かれている雰囲気が何となくあるように思います。が、世界では、その逆のように私には思えます。