■卵が固まる温度について

青山学院大学教授 福岡伸一

黄身:65度〜70度
白身:75度〜78度

(ただし、白身のうちトランスフェリンというタンパク質を固めるには60度〜65度)

タンパク質が固まる(凝固する)とは?
タンパク質はアミノ酸がじゅじゅ玉のように連結してできた高分子で、通常、特別な立体構造を保っている。立体構造を保つ力はアミノ酸とアミノ酸の間に働く水素結合という力である。熱を加えていくと水素結合が切断される。水素結合が切断されると立体構造が崩れていくが、これがタンパク質の変性である。変性によってタンパク質の立体構造が崩れると高分子の内部に折りたたまれていた部分が表面に露出し、このような部分は水との親和性が低いので、この部分を介してタンパク質同士がくっつきあって凝集していく。これが凝固(固まる)という現象である。どのような温度で立体構造が崩れだすかはタンパク質によって異なる。また、タンパク質を変性させる力は熱だけではない。酸やアルカリ、濃い塩や金属イオンもタンパク質を変性させる。レモン(酸)と牛乳を混ぜると、牛乳のタンパク質が凝固し、豆腐はにがり(マグネシウムイオン)で凝集する。チーズの凝集はレンネットという酵素による立体構造の変化である。
さて、卵の凝固については、意外と複雑である。白身の主成分は卵白アルブミンというタンパク質で、卵白アルブミンを凝固させるには、75度〜78度(以上)の高温を加える必要がある。この温度では卵黄たんぱく質も完全に凝固するので、卵は固ゆでになる。卵を60度〜65度くらいの温度で保持すると、まだ卵白アルブミンは凝固しないが、卵白に含まれるトランスフェリンというタンパク質が凝固する。すると卵白は部分的にゆるくゲル状になった(葛湯みたいな感じ)状態となる。この状態ではまだ卵黄は固まらない。ここからさらに温度をあげて、65度〜70度の間で保持すると卵黄が凝固しはじめる。これがいわゆる温泉卵の状態である。しかし、この状態ではまだ卵白アルブミンは凝固していない。これを固ゆで状態にするには最初に述べたように80度近い温度が必要となる。
卵黄をしょう油に入れた時の変化については、恐らくしょう油の塩による卵黄タンパク質の凝固ではないかと思われる。思うというのは、実際に調べたわけではないからである。因みに、卵はそれ自体が一個の細胞なので、卵黄、卵白といった構成成分の変化は浸透圧とは関係ない。というのも、浸透圧は細胞がまるごと保持されているとき関係するからである。