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徳岡邦夫の祖父、湯木貞一は日本料理海の神様と言っていい。湯木が実家である神戸花隈の中現長を出て、大阪の新町に
初めて自分の店を持ったのは1930年、29歳の時である。店の間口は2メートル足らずで、奥行きは6メートル。客が10人も入れば
息をするのも窮屈になるほど狭い店で、湯木は自ら包丁をふるい、刺し身、煮物といった簡単な惣菜と鯛茶漬けを出した。
店の名前は近所にあった今宮戎神社のシンボル、吉兆笹からとった。ただし、吉の字の上の部分は武士の「士」ではなく、
食べ物を育む大地の意を含ませて「土」にした。これが現在の前身、「御鯛茶處 吉兆」である。その後、店は拡張し、畳屋町に移る。
しかし、第二次大戦時の大阪空襲の時に店は全焼、湯木の努力は灰塵に帰した。

本格的な店を再建したのは1947年、それが高麗橋にある吉兆本店である。その後、彼は新日本料理を旗印に料理界に旋風を
巻き起こしていった。京都の嵐山、東京の木挽町を始めとする拠点を作り、1996年、95歳で死ぬまでに全国に19の店を設けた(現在は21店)。
晩年には東京サミットで各国の首脳に和食を供し、料理人としては初めて文化功労者となっている。

湯木貞一は料理の腕だけでなく、経営の才と将来を見通す目を持っていた。だからこそ一代で吉兆を日本を代表する料理屋に
仕立て上げることができたのだ。経営者としての彼は慎重な男であったが、一料理人としての彼は生涯、チャレンシジャーであり、
料理に新しい趣向を導入することを特徴としていた。例えば松花堂弁当がそうだ。今ではコンビニの惣菜売り場にも並ぶほど和食弁当としては
ポピュラーなものだが、松花堂弁当は古来から存在したものではなく、湯木が発案したものである。また、キャビアやフォアグラのような西洋料理の食材を日本料理にとり入れたのも彼が最初であり、しかも戦前のことだ。さらに言えば、現在はうまみ調味料と呼ばれている味の素や、1970年頃まではまずい食べ物の代名詞だった冷凍食材を家庭の主婦に推薦したのも湯木である。和食の料理人が考えもしなかったことを次々と
やってのけたところが彼の才能であり、それは料理人の枠をはみ出していた。

では、彼はどこからこうした改革の発想を得たのか。食に関するジャーナリズムが今ほど発達していなかった当時、湯木が新しい情報を仕入れた先は活字ではなく、生身の人間だった。彼は店のなかに鎮座して料理を指揮していたのでなく、時間を作っては外に飛び出し、一流の才能と
つき合っていた。茶道や華道、骨董趣味の仲間に加え、政治家、経済人、そしてジャーナリスト・・・。彼は才能たちとつき合うことで情報を摂取し、吉兆の料理を確立していったのだ。高級料亭といえば保守的で閉鎖された社会のように思えるが、吉兆に関する限り、その生い立ちの頃から外からの風を入れ、革新を求める料理屋だった。

湯木の秘書をやっていたこともある徳岡は、料理の弟子として、また孫として祖父を観察していた。

「子供の頃から祖父のことを、おじいちゃんなんて呼んだことないんですよ。外で人と会う時はにこにこして腰の低い人でしたけれど、家のなかでは神様ですから。家族も敬語でしか話しかけません。とにかく偉い人というイメージ。それにねえ、大食漢なんです。年をとってからでもすごくよく食べる人だった。痩せてたけれど、和食コースを全部食べて、デザートも山盛り食べて、それから、『おい、すき焼き用意しろ』なんて人でした」

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