先日、ある会食に出席し、そこで食文化の再考を迫られるような、心地よい、かつ嘱目すべき驚きに遭遇した。 今回はその話をしたい。 300年の歴史と英国王室御用達を掲げるロンドンの老舗ワイン商ベリー・ブラザーズ&ラッドが 日本の顧客向けにワインディナーを催した。場所は京都・嵐山吉兆。趣向はこうだった。ベリー・ブラザーズ&ラッドが、 日本に持ち込むワインのリストを吉兆に提示する。吉兆はそれに応じた食事を餐する。 全くシンプルな、それでいてわくわくするようなデュエル(対決)である。
ベリー・ブラザーズ&ラッドのリストはこうだった。
1985 Krug 1994 Chevalier-Montrachet, Doaine Laflaive 1959 Chateau Margaux, Margaux 1955 Chateau Mouton-Rothschild, Pauillac 1947 Chateau Lafite-Rothschild, Pauillac 1955 Quinta do Naval Nacional リスト後半の4つはベリー・ブラザーズ&ラッド社がハウスリザーブとして特別に保管している非売品で、 抜栓もロンドンから来たホスト役の同社取締役アラン・グリフィス氏によって注意深く行われた。 一方、嵐山吉兆の主人・徳岡邦夫はこのワインに対して次のような料理で応じてみせた。
鯛の刺身をオリーブ焼からすみと和え、都鳥を模した器に盛り付けた一品。 器は8世白井半七作。春菜(菜花、蕗、春若いも、椎茸、梅肉風味)を ぼんぼりという小さな器で。ここまではいわばオードブル。 シャンパンのKrugと。
ごま豆腐と蛤の潮仕立て。これは汁物で、うど、干子、木の芽、3つの香りでアクセントがつけられている。 朱の地に桜の螺鈿がほどこされた明月碗と呼ばれる器で。このように、食材が盛られた食器も今夜の宴を彩る重要な役者となる。 私たちは、それを吉兆の若女将から耳打ちしてもらう。ちょうど今が季節の筍を焼いたもの。 土佐鳴門風味、香り高いかつおぶしがかけられている。器は乾山写し7世半七作、ワインは白のChevalier-Montrachet。
勝浦産のとろを薄作りにして焼霜(たたき)としたもの。これに香ばしい山芋のマッシュとあさつきを包んで、 バルサミコ醤油あるいは芥子醤油で。永楽14代の妻・妙全の染付けとのコントラストが素晴らしい。
ワインはいよいよ3つの赤に入り、宴は佳境に。
ここで部屋の照明が落とされる。花飾りとラディッシュで作られたぼんぼりが添えられた八寸が運ばれてくる。 花飾りはいずれもすこしずつ異なっている。内容は、冷薫帆立、チコリとブルサンチーズ、揚げ一寸、もろみとエビ、 サーモンとホワイトキャッスルチーズ、焼きからすみ。明かりが戻され、甘鯛木の芽焼き。器は、保温のために熱した 那智黒石が敷かれた豆宝楽。
ここで面白い一品。烏骨鶏のあつあつ温玉(温泉たまご)。ワインの澱を使ったソース、いぶし鳥、椎茸、ふきのとう入り。
食事は一通り終わって、ご飯物となる。銘々で土鍋。中身は、筍焼きリゾット、但馬産牛肉の小片が載せられ、花山椒。
少し時間が経過してから、デザート。濃厚なポートワイン、Quinta do Naval Nacionalと。銀皿に載ったメロン・オウ・ポート。 器は連月小向。バジリコアイスクリーム。器は点紋向、竹春作。最後は、桜餅葛仕立て。 濃茶、少な目。
ソトコト 「ワインVS吉兆の対決に、西欧肉食文明の限界を見た」 2001年年6月1日発行