キーワード其の一 人材育成とサービス 27歳で京都嵐山に戻ってきた徳岡邦夫が、まず最初に着手したことは、人材の育成だった。昔ながらの料理の世界では、料理を運ぶ仲居さんと呼ばれる女性には、学歴など必要ないという考えが一般的だった。 ところが、徳岡が考えたのは、まず仲居の女性を短大、または4年制大学の卒業生を社員として採用するということ。何も高学歴者だけを求めるのではなく、多彩な才能ある人材を採用したかったのだ。下の図を見てもらいたい。これは、徳岡が社員に対 して、ミーティングで頻繁に使う理論だ。
「A地点からB地点に物を運ぶだけでなく、目の前にはないCという吉兆の可能性を実現しましょう」 調理場から客間、その間に、これからの吉兆の方向性を考えられる、そんな能力を持った人材を求めているのだ。 「ソニーのウォークマンが、カセットテープからCD、MDと形を変えながら進化したように、10年後の吉兆には、料理やサービスの延長線上にCという可能性が開花しているかもしれません。常にチャレンジし続けたいんです」 と、徳岡は言う。それぞれのスタッフが、環境の変化に対応しながら、独自の視点を持ち、随時提案を行いながら、料理やサービス、そして意識をも変えていこうとする、そんな蕾が膨らみ始めているようだ。 また、Cの中身としては、未来だけの吉兆ではなく、まさに”お座敷”という現場のサービスも含まれる。料理やお客の好みに合わせたワインの的確なセレクトやアドヴァイスなども出来るよう、スタッフが有志で勉強会を作っているのである。 他にも茶道、華道、書道の同好会も活発である。茶道や華道に通じる心遣いを自己啓発するためである。 同様のサービスを、海外のお客に対しても、よどみない英語で対応しながら提供する。なかには、徳岡がオックスフォード大学に吉兆のサービスについて論文を提出する際、徳岡のサービスの哲学や概念を口述筆記し、それを英文に訳し、さらには「吉兆のサービスの情熱や気持ちのヒダまで、英文に反映させてほしい」という徳岡のスペシャルなミッションもこなすものがいる。 また、ある女性社員は、就職活動で、全日空のキャビンアテンダントと吉兆の両方から内定を得たのだが、最終的にはサービスの領域の広さとこれからの可能性という理由で、吉兆への就職を選んだという。
なぜ、二人で10万円払ってまで食べに来たいのか?
現在、嵐山吉兆は、昼食3万6750円から、夜のコースも4万2000円から(ともに消費税、奉仕料込み)という料金設定である。そこに酒類をオーダーすると、ひとりあた り、だいたい5万円近い支払いになってしまう。この金額を高いとみるか、安いとみるか。また食後に、この金額を払うに値する満足を得られるかどうかが、客が店を評価するポイントとなってくるだろう。 昨今、顧客満足度を上げるべく、各企業はさまざまな努力をしているが、嵐山吉兆 は、はたしてどんな施策を行っているのだろうか。 「美味しさとは何でしょう? 私どもにお越し頂くお客様は、何を求めてお越しになるのでしょう? 美味しかったと言う言葉はほんとうでしょうか? お客様は、感動を求めているのです」 と徳岡は社員を鼓舞する。
BravoBusiness 挑戦する経営の隠し味「吉兆の秘伝」 2004年7月15日号