〜北大路魯山人〜
キタオオジ ロサンジン
北大路魯山人は、書、篆刻、陶芸絵画、漆芸等、広い分野にわたって多くの見応えある作品をのこした。 なかでも陶芸は器形、表現技法ともきわめて変化があり、しかも一作一作に彼のデザイン感覚がみごとに発揮されたものといえよう。 |
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魯山人陶芸の見どころの一つに、どのような形式のものにせよ、みごとな筆運びによる絵付があげられる。 平面でも曲面でも、その形に合った線描や筆扱いが、作品をいかにも生き生きとしたものにしているのである。 さらにこうした魯山人の表現を特色付けたのは、彼が自作を「雅陶」としばしば称したように、わが国の優れた古陶のうちに見出した美のエッセンスを、作品の形態や釉の扱い、模様の扱い等に意図的に取入れていて、全体として日本的な「雅味」の強調がみられることである。 |
このお話は、祖母が大阪の畳屋町でカウンターの割烹料理店を営んでいた頃のお話です。 魯山人はよくお食事にいらしていたといいます。 近年では高額のつく陶器ですが、当時はまったくの無名であった魯山人。器の話から始まった長年にわたる魯山人との親交の中で頂いた 魯山人の器がいままだ残っております。 その魯山人の器でお客様の大切なお時間を楽しんで頂きたいと思っております。 |
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〜北大路魯山人〜 近代の陶芸家の中で、魯山人ほど我流を全うした作家はいないといってよいだろう。 彼の表現はあいまいな伝統観によるものではなく、文人趣味とも隔ったものであるし、西洋風モダニズムにいたっては片鱗すらうかがうことができない。 ピカソと会っても一部の作品以外に殆んど興味を示すことはなかったらしい。 彼の信じた日本美のエッセンスを終生陶の心とし、あくまで雅味を求める姿勢をくずすことはなかったのである。 こうした彼の作陶と生き方に対する評価は今日さまざまであるが、近代陶芸の分野における特異な存在であったことは事実であろう。 |