ちょっといいものを持っていると、それだけで食卓が華やかになる「陶磁器」。自然のぬくもり、陶芸家の息吹が、器から伝わってくるようです。見て美しく、使って楽しい”土の芸術品”を、暮らしに取り入れてみましょう。
色も文様もあでやかな色絵には、素材そのものをずばりと出すシンプルな料理が似合います。飾りようや鑑賞用の器として評価が高い乾山の器ですが、料理を盛っても文様が少しも邪魔にならず、料理と器が一体化していきます。内側の文様をいかすよう余白をもたせてざんぐりと盛った筍を、木の芽と器の緑が美しく引き立てます。
料理と器は、切手も切り離せない関係です。美味しい料理を作ったら、しゃれた器に入れてみたくなりますし、逆に良い器を手に入れたときは、手間ひまかけた料理を作ってみたくなります。ところで、料理と器には、「絶好の合わせ方」というものがあるのでしょうか。日本料理店・吉兆の三代目、徳岡邦夫さんに語っていただきました。
古来、食器は、ただ料理を盛るだけでなく、「家柄」「ステータス」を表するものでした。特に西洋では、食器にイニシャルを入れて、それを代々受け継ぐという伝統があります。西洋のコース料理をみると、食器の色や柄が統一されているものが多いですね。これもステータス表現の一部なのですが、日本ではどうでしょうか。確かに、日本でも家紋入りの器などがありますが、皿から椀まで、すべて統一感がなければならない、というルールはありません。つまり、この料理にはこの器、という決まりはないのです。
このことは、日本の「茶文化」にも表れています。茶の湯には「見立て」というものがあります。例えば、本来はビクだったものを花入れに使ったりと、もともとの用途とは違う使い方をする楽しみ方を、日本人は昔から体験してきました。ですから、食器についても、いろいろな形、色、風合いのバリエーションを楽しめばいいと思います。
ただ、私が料理人として感じていることは、料理と器の組み合わせは「気持ちを伝える」ことにほかならない、ということです。料理だけではなく、食事の場所、雰囲気も、気持ちを伝えるために大切な要素です。吉兆では、来て下さるお客様に「食事を通して感動してもらいたい」「心から素晴らしい時間を過ごしてほしい」という気持ちを料理、器、接客、雰囲気などによって表現しています。
同じように、家庭の食卓でも、家族を喜ばせたい、食事を楽しんでほしい、という気持ちを、料理と器で表現することができます。ところで、食事の喜びとは何でしょうか。おいしいものを食べたとき、人はうれしくなりますよね。そのうれしさを本当に実感できるのは、誰かと「これ、おいしいね」「いい器だね」と気持ちを共感し合ったときなのです。一人で食べても、これは体験できません。ご家族でも、夫婦同士、家族同士で「共感する」ということを念頭において、食事を考えてみて下さい。
もも 暮らしの陶磁器を楽しもう 2006年夏号