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失敗を繰り返すことで人間は前に進んでいくことができる
バブル崩壊で総料理長に古い料理界一新する経営
―バブル崩壊後には京都吉兆も売り上げが激減して大変だったとか。
 1993年には各店の売り上げが急激に減って、大変な危機に陥りました。その頃、沈みゆく船から逃げ出すように、社員の大量離職があり、調理場は20代の料理人が中心となってしまいます。そこで、残った料理人の中では30代でキャリアもあった私が、1995年に総料理長になったというわけです。
 私が総料理長になったのは、創業者の孫だからというわけではなく、偶然、お鉢が回ってきただけなんです。ただ、その偶然をきっかけに、私は仕事に全精力を注ぎ込むようになりました。覚悟を決めたことで、人間としても大きく成長できたと思っています。
 
―徳岡社長は独自の社員研修制度を導入されています。「盗んで覚えろ」という伝統的なやり方ではなく、マニュアルに沿って新人を教育するのは業界では画期的だそうですね。
 合理的に考えれば当然のことだと思うんです。「盗んで覚えろ」と言っていたのでは、いつまでも仕事を覚えない人にお金を払い続けることになります。会社としては、一日も早く仕事ができるようになってもらって、ちゃんとした対価としてお金を払いたい。新人が仕事をなかなか覚えないのは、新人が悪いのではなく、教え方が悪いのです。昔の人は教え方を知りません。それこそ、怒鳴るくらいしか、やり方を持ってないんですね(笑)。
 また、京都吉兆では年功は関係ありません。嵐山本店の料理長は32歳で、年上の部下を抱えて切り盛りしています。これも、古い料理界ではありえないことだったと思います。
 
一番大切なのは「信用」若い人は失敗を繰り返せ
―徳岡社長のように独立志向の強いビジネスピープルヘのメッセージをお願いします。
 独立したいという人から相談を受けることは少なくありません。そういう時は「独立には何が必要か?」と聞くようにしています。すると、たいていは「技術、ノウハウ、お金……センス、知識……それから、根性でしょうか」という答えが返ってきます。
 それらの条件を満たせば、確かに一時的に繁盛はするでしょう。メディアもワーッと寄ってくるでしょうが、所詮はそれで終わりです。日本中に店はいっぱいありますが、ずっと残る店はわずかです。多くのお店がすぐに消えてしまうのは、一番大切なものが抜けているから。それは「信用」です。
 お客様との信用、スタッフとの信用、取引業者との信用、生産者との信用、ご近所との信用……どの信用が欠けても、店は長続きしない。相手が大企業の社長だろうが、年下の大学生だろうが、瞬間瞬間、相手のことを考えて、笑顔でゆっくり丁寧に対応することが大切です。
 一つ一つの接点が積み重なって信用ができていきます。信用が積み重なっていけば、それがブランドになります。これは料理に限らず、部下を率いて何かをやる時には、すべてに通じることだと思います。
 信用を積み重ねるために何をすべきかということは、実際にやってみなければわかりません。大切なことに気づくには、行動するしかないのです。ですから、どんどん自分の好きなことをやってもらいたい。好きなことをやれば必ず失敗します。失敗して初めて、大切なことがわかるようになります。失敗を繰り返すことで、人間は前に進んでいくことができるんです。失敗とは「得すること」なんですよ。
 

雑誌名:宝島 3月号 93~95ページ / 刊行元:宝島社

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