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心と心が呼応するサービスを求めて
―料理長になって心掛けてこられたことは何ですか。
徳岡 料理長になった頃、役員会で言われたのは、客足も伸びないから料理の値段を下げろということでした。嵐山本店の平均価格5万円で、他店は同じスタイルで2、3万円だと。
 だけど僕は絶対に下げたくなかった。旅行で5万円を使う人はたくさんいるじゃないですか。5万円の価値を感じるサービスを提供すればいいんです。
 日々のミーティングで話し合いながら、全員のサービスの目標をつくりました。それが「お客様が思わず涙を流すようなサービスをしよう」ということです。
―「感動のサービス」ということですね。
徳岡 お客様をお見送りする時、「おいしかったよ」と言ってくださる方も多いのですが、「本当かな?義理で言ってくれているんじゃないかな」と。実際、数字には結びついていないし、大体、5万円ももらっているんだからおいしいのは当たり前。「お客様は料理のおいしさ以上のものを我々に求めているんじゃないか」ということに行き着いたのです。
―涙を流すようなサービス、実際は難しいことではないですか。
徳岡 皆で相談して実践する一方、京都大学の先生にお話を聞きに行って分かったのは、人間は日常と非日常を同時に強く感じた時、ストレスになるそうなんですね。それを発散させるために脳内物質が出て涙が出るという仕組みらしい。じゃあ、非日常をつくればいいのではないかと思ったのです。
 考えを巡らせた結果、実は京都そのものが非日常の空間ではないかと思いました。いまは畳自体が珍しいし、空まで続いているような借景の庭、そういう中では時間もゆったりと流れているように感じる……。京都というものを全面的に打ち出すサービスに取り組んだ結果、本当に3名の方が涙を流してくださいました。
 そういう中で、お客様とコミュニケーションを取りながら、どういう目的で来店されたかを推察します。例えばカップルだったら純粋に楽しみに来ているだろうし、男性ばかり数人だったら商談かもしれない。接客スタッフが座敷に入って、「きょうはお祝いだ」と察したら、すぐに厨房に伝えてそれに合うお料理を準備するようにしました。
 昔はこれがきょうの料理と決まったら、それをお座敷に出すだけだったのですが、どんどん変えていくことにしたんです。
―変えるというのは、メニュー自体を変えてしまうのですか。
徳岡 いや、例えば20歳の青年と80歳のおばあさんが一緒の席で、同じお肉料理を出したとして、同じような感動を抱いてくれるだろうかと。おばあさんはオイリーなものよりは、さっぱりした味付けのほうがいいかもしれないし、もしかしたら歯が悪いかもしれない。それならスライスして差し上げたほうがいいだろうし、スライスしたら形状か変わるから、盛り方も器も変わる。同じ献立でも、全然違う料理になるんですね。
 だからコミュニケーションを取りながら、お客様とともに料理をつくり上げていくような感覚といえばいいでしょうか。お客様ご自身も、「こうしたい、ああしたい」という中で、料理を頭の中で想像しているわけです。一方、接客スタッフから「80歳のおばあさんだからさっぱりで、スライスして」と聞くと、厨房もその方を想像して料理をつくる。料理人とお客様は実際に会っていないのに、料理を媒介にして気持ちが呼応しているんですね。
 「京都吉兆の料理はこれです」と画一的にお料理をお出しするのは、自動販売機と一緒です。心と心が呼応し合う中で、その方に最適なお料理を提供するのが我々料亭が目指すべきサービスなんじゃないかと思っています。
 
日常の喧騒を忘れ、非日常を感じる京都吉兆のお庭

雑誌名:致知 2月号 40~43ページ / 刊行元:致知出版社

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