2026.09.01
今年の中秋の名月は、9月25日(金)ですね。
日本人の美意識の基準や、美の表現方法に、「月」は欠かせないものですね。
また、月の満ち欠けを暦として農作業をいそしみ、月に導かれて、私達は、日々を営んできました。
特に秋は、北半球では最も月が明るく見える季節なので、古くから月を愛でる「お月見」の風習があります。
十五夜(旧暦の8月15日)、十三夜(旧暦の9月13日)には、お月見飾りをして美しい月を眺める習慣や、行事が各地域でありますよね。
京都吉兆 嵐山本店では、お月見の設えとして、床の間には、江戸時代に活躍した宙宝宗宇さんと言う禅宗のお坊さんが書いた「月」一文字のお軸をかけます。
月が望める縁側には、秋らしさを演出する江戸時代に精密に作られた虫籠や芒(ススキ)、月見団子、野菜などのお供え物をもった高坏(たかつき)、そして蝋燭の燭台を飾り付けます。
月見団子の他に、里芋や枝豆を飾るのが一般的ですが、京都吉兆では、関西の古い習わしで、「ん」が二つ重なる名称の食べ物を盛ります。
れんこん、いんげん、なんばん(とうもろこし)、なんきん(南瓜)、かんらん(キャベツ)、にんじん、ぎんなん。「ん」を重ねて運尽くし、「運」を招くという願いを込めての事かと思われます。
そこに何故か、寒天とあんぱんの9種類を加えるのが吉兆流。湯木貞一の母の時代からの習慣です。
このお月見の設えをした座敷は、松下電器産業の創業者・松下幸之助氏より京都東山の別邸「真々庵」から譲り受けた書院造り建物で、1962年に嵐山に移築された建物です。
貞一翁が所有していた、遠州流茶道の祖・小堀遠州-直筆の色紙の掛け軸に書かれた歌「小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの 御幸待たなむ」にちなみ、天皇陛下のの行幸をお待ちする部屋と言う事で、「待幸亭」と名付け、嵐山本店、唯一の書院の座敷となりました。
しかし、元の建設から100年以上が経っている建物ゆえ、老朽化が進んだ為、2023年に、数寄屋建築職人の匠チームにより、漆、建具、和紙など京都の職人達の手も加わり、普請(ふしん)、古くなった設えの大改修を行いました。
この座敷の見どころでもある天井画は、宮中寺社に納める有職で、扇面を制作する「中村松月堂」14代中村清兄の作品でしたが、ご縁があり、現代の日本画家-森田りえ子氏に新作を依頼しました。
旧作の天井画は、火事除けの意味を込めて流水が描かれていたのだと思い込んでいました。
この機会に、いろんな角度から今後の待幸亭のあり方を考えました。
遠州のお軸にある行幸の為に書院造りにしている。
細部のひとつずつを、現行のままのデザイン、有り様で修復するのか?変えるのか?
そうして、比較したりなぜその様式にしているのかを考えてると、一つ一つの造形に、湯木貞一翁の思いや意味が見えてきたのです。
床の間に貼られていた唐紙の柄は、遠州さんの家紋と関係深い七宝柄になっていたり、様々な工夫がされていたのです。
天井画も火災避けを目的としてだけの流水柄でなく、遠州さんの一首の紅葉が流水に舞い落ちると、琳派を代表する絵柄、竜田川紋様になるのではないのか?
その様な話を、職人さん達や森田さんとも話し込み、天井全面には、和紙を貼りその上に金箔を張り巡らし、更に、上品な表現になる様に、本当に薄い和紙を金箔の上から張り巡らしました。
そのキャンパスは、古代の墨や、4種類の粒子の大きさにした、経年劣化し渋くなる銀や、綺麗なままのプラチナによって、立体的な琳派形式の流水が出来上がったのです。
更に、森田さんは、その天井の流水から、天の川をイメージされ、七夕を掛け合わせ、星の煌めきもある素晴らしい天井画となりました。
実際に、七夕の星、おりひめ(織女星)、ひこぼし(牽牛星)である、こと座の1等星ベガ、わし座の1等星アルタイルも、金やプラチナで、ロマンチックに、デザインされています。
この待幸亭から望むお庭には、貞一翁がどうしても手に入れたかった秋篠寺所縁の「九曜星の灯篭」があり、前所有者の道具商-児島嘉助氏より、この灯籠と共に建物を譲り受けたのが、今の嵐山本店なのです。
待幸亭でのお食事は、当日ご用意できる最高級の季節の食材で仕立てた料理と演出の「おまかせ」にてご予約を承っております。
ぜひ料理と共に、湯木貞一の価値観や、「美」へのこだわり、京都の匠達が蘇らせた日本文化の美しさもお楽しみください。
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