今回、ミシュランからは三つ星だけでなく、クーベール(ナイフとフォークの印)でも五段階で五の評価を受けました。料理は星で評価されますが、サービスや快適さはクーベールで評されます。つまり嵐山本店は、料理とサービスの両面で満点の評価をいただいたことになります。 一時は債務超過にまで陥った店が、どうして最大級の評価を得られるようになったのか。評価の理由はミシュランに聞いていただくしかありませんが、私としては自分がこれまで行なってきた試みの成果だと思っています。今回はそのなかでもとくに、サービスの立て直しについてお話ししましょう。 京都吉兆の経営が厳しい時代でも、お客様の多くはお帰りの際に「おいしかったよ」「いい時間を過ごせた」とおっしゃってくださいました。ただ、それが本音かどうかは、私には確信がもてませんでした。というのも、お客様の評価はリピート率と売上げに直接表われるからです。 嵐山本店の平均客単価は、一人約五万円と高額です。その金額に見合う料理とサービスが提供できていれば、お客様は本心から満足し、リピート率や売上げが下がることはないはず。しかし、実際は二つとも数字が落ち込んでいたのでした。そう考えると、お客様から帰りがけにかけていただく言葉には、逆に私たちへの心遣いが含まれていたと考えざるを得ません。 お客様から支えられることはありがたいことですが、これでは本末転倒。お客様から掛け値なしの「ありがとう」を引き出せてこそ、私たちの存在価値があります。 そこで立てた目標が、「お客様を泣かせよう」というものでした。涙はごまかしがききません。お客様が感動して泣いてしまうほどの〝感涙〟のサービスができれば、それは誰がみても最高のおもてなしになるはずです。 とはいえ、どうすればお客様が泣いてくださるのか、皆目見当がつきません。摂取すると勝手に涙が出る成分でもあれば、料理にふりかければいい。しかし当然、そのような都合のいい成分などあるわけがありません。そこでまずは人が感動して泣く仕組みを調べるため、京大の先生のところに話を聞きにいきました。 その先生から教わったのは、日常と非日常のギャップが涙を生むということでした。人は日々ストレスを抱えて生活しています。ただ、ストレスが溜まる一方では、生き続ける意欲が衰えてしまいます。そこで防衛本能として、非日常を経験することで脳内物質が分泌され、日常のストレスを洗い流すように涙が流れるのだそうです。たとえば映画を観て感動するのも、「私もこう生きたかった」という自分が望む姿と、現実の自分のギャップがあるからです。つまりお客様に泣いていただくには、普段は体験できない非日常を提供することが欠かせない条件だとわかったのです。
雑誌名:THE21 2010年2月号 74〜77P / 刊行元:PHP研究所