飾り立てた演出だけが驚きではない。山のようにたっぷり掛かった削り節。その下は 何かと探ると、さっと炙ったナスや万願寺唐辛子、カボチャなどの夏野菜が顔を出
す。普段当たり前のように食べている野菜を、ここでも食べさせるのか、という気持 ちが冷めそうにもなるが、ギュッと詰まった青い香りと甘露な旨みは、明らかに別の
もの。今度は懐かしい気持ちもこみ上げる。京都では本当に数少ない、完全無農薬を 貫く農家で穫れた野菜だと聞いた。
「小芋のご飯です」と、出された茶碗の蓋を開けると、炙った角切りの霜降り牛がご ろりと片隅にある。食事の締めくくりに、メインにも匹敵する極上の肉。意表を突か
れつつも、軽やかな遊び心に感服する。
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写真は客室の1つである「御幸亭」内、書院造りの最も格式の高い部屋。天皇を待つ
部屋として、こう名付けられたという。雪見障子からは苔むす庭が目に入る。客が来 る30分ほど前から部屋の湿度は整えられる。 |
数時間のうちに、実に愉しい気持ちや風景が、心の中で何度も駆け巡る。これをふた りで共有する喜び。魔法を掛けられたような浮遊感は、しばらくしても醒めなかっ
た。
私たちが受けたもてなしは、吉兆においてのごく一例。座敷を暗くして蛍を飛ばすこ ともあれば、台を出して、月見をするという話も聞く。季節のみならず、その日の天
候、訪れる客の表情----。今日もまた、新しい物語がここで紡がれているに違いな い。
写真右端。鱧と松茸の椀。器は建都1100年の時、記念に作られた菊蒔絵椀。写真右は 造り。鯛鹿の子、トロ、海老焼霜。楽家9代了入、10代旦入ら作の、楽焼の菊丸向や
菊小判向に盛り付けられている。小附に菊の葉の小皿が使われ、秋に咲き乱れる菊花 を思い浮かべる。厨房から座敷までの距離、その日の天候など、すべて計算されて調
理が施されるという。
■食後録
男性=雲の上にいるような数時間。「お大尽遊び」を思わせる料理の演出。 女性=すべてに華があるのに品がよい。本当の"本物"に出合える、もてなし。
向付「蟹吹寄」。ススキをあしらい、月見草や小菊を内外にわたって描いた器で月見 の風景。器は、15代正全作、乾山写秋草透し向。 |