「あくまでも個人的な見解ですが、ワインと和食という組み合わせは、基本的には難しい相性だと思います」
和食系の店でもワインが愉しめる昨今だが、果たしてどんなコンビネーションなら正解か、という本誌の疑問に大して、京都吉兆嵐山本店のご主人・徳岡邦夫氏は開口一番そう言った。
「そもそも正解がひとつというのはありえない。それに向付から菓子まで品数の多い日本料理に合わせて厳密にワインを選ぶとしたら10本は必要。それはあまりにも非現実的でしょう?」
強いて選ぶなら、互いの不足を補うような組み合わせを意識すべきだと徳岡氏は言う。つまり果物の酸味と糖度のバランスと同様の考え方だ。ワインの酸味と、料理の旨み(=アミノ酸)に、バランスがあれば相性はよくなる。たとえば酸味の強い白ワインなら、旨みの効いた貝のうしお汁という具合。
「ただそこにこだわりすぎるよりは、料理とワインを前に互いに語り合う時間こそ大切にすべきだと思います」
実際にそれを試してみましょうと、思いがけない実験が提案された。
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「ワインも茶道も同じ。ルールではなく、一期一会を心がければ、自ずと魅力が見えてきます」 |
味覚より大切なもの
ルールは至って簡単。「比較的日本料理全般と相性がいい」と言うシャンパンから、テタンジェ’93、クリュッグ・グランド・キュヴェ、吉兆ラベルの3種、シャサーニュ・モンラッシェ’99(白)、ドミナス’98(赤)。この5種と料理を合わせて何が美味しいかを素直に答えればいいとのこと。
まずは焼松茸。香りだけでなく、ジューシーな味わいが絶品の丹波産松茸と、フルボディなドミナス’98の相性は全員一致で合うのだが、シャンパンになると微妙に変わる。「吉兆シャンパンの爽やかさがいい」「いや、テタンジェが旨い」など意見が変わる。
塩だけで味を調え、アルバ産の白トリュフを散らした塩茶碗蒸では、赤だ、白だ、テタンジェだ、いやクリュッグだと意見はさらにバラバラに。そもそもクオリティーの高いワインと料理なのだから、いずれ劣らぬ取り合わせではあるが、時にハッとするようなドンピシャが舌にくる。それがどれかを互いに探り合うことが愉しい。
ご飯とワインという意外な組み合わせも、ご飯にチーズに似た醍醐をあしらうことで赤ともピタリと合う不思議も体験。これは氏が言った不足を補い合うという法則に通じる。ワインと日本料理はかくあるべし、という法則に汲々とするより、ああだこうだと語る時間の方がはるかに素敵だ。
「その日のワイン、料理、集う顔ぶれ。すべては一期一会です。豊かな時間を愉しめたなら、それがその日の最高のワインと料理の組み合わせでしょう」。それは茶道にも通じる心だと、徳岡氏は言う。
「お茶のお作法も、本来は人が和み、互いの気持ちが通じ合うことが第一義です。決してルールありきではありません。ワインもそれは同じです」
要は「相手と過ごす時間がどれだけ心豊かであるか」が大切なのだ。
「西洋の食文化で育まれたワインと、長い年月の中で研鑚された日本料理が出会ってまだ間もない。だからこそ自由に愉しんでいいと思います。よりワイン仲間を作り、お互いの意見交換を繰り返すことで、ワインはもっと魅力的な存在になります。肩肘はらずに、感性のままに愉しんでみてください」と徳岡氏。お薦めのボヘミア・シャンパーン・ド・吉兆は、爽やかな味わいと、芳純な香りが自慢。チェコ大統領御用達のシャンパンだが、日本料理とも相性がよい。取り扱いは嵐山本店のみ。7560円。
ビギナーが選ぶならシャンパンを
とはいえ「吉兆」ラベルを冠するワインとしてシャンパンが選ばれたのは、やはり理由があるはずだ。
「世界中で華のある飲み物として選ばれるだけでなく、総じて上質であり、日本料理とバランスのよいことが決め手でした」。言い変えれば、日本料理とシャンパンのコンビネーションならまず失敗しないとも言える。
「どうしてにワインと料理の妙を知りたいなら、ピュアなクリームチーズのカナッペを口にして、ボルドー系の赤を飲んでください。瞬間、チーズともワインとも違う第3の味覚が広がります。これが合うということだと、きっと実感できるはずですよ」。和食ではないがその妙は、まるで魔法と徳岡氏が絶賛するほどの取り合わせ、大切な人と一緒にぜひ試してみたい。 |