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きょうの味 「変わらない」味は存在しない

35歳で総料理長となった徳岡邦夫(46)は、京都吉兆の旗艦店であり、シンボルの嵐山本店をあらゆる面で劇的に変化させた。もちろん創業以来変わらないものはある。しかし基本的に徳岡の改革≠ノ聖域≠ヘなかったと言っていい。

まず「料理人は自分の信じるおいしい料理を作る」という料理人の意識を覆した。「僕らが自分でおいしいと思うものだけ作ってもダメ」。真意を問う。「おいしさは主観やから。料理人がおいしいと思っても、それがお客さまそれぞれの『おいしさ』に合致しないと、伝わらないし、意味がない」との答え。

例えば客が生まれ育った環境で食の好みは大きく変わる。「北海道と沖縄の人の好みは違うし、同じ京都でも僕と僕の友人で違う。だから好みに合わして料理を変えないとおいしくならない」

調理場でその実践の小さな一端を見た。業者がズワイガニを届けてきた。徳岡と料理人の一人、宮田和則(34)が試作品を作りつつ問答を繰り返す。「30代くらいの男の人やったら?」「揚げましょう」「うん。生の牛肉と合わせるといいかも。年配の人なら?」「ボイルがいいですね」「生姜を敷いて出したらいいんちゃう?」。客を具体的にイメージしながら作る。実際に店を出す時は、目の前の客の好みを聞き、更に繊細な味の微調整が施される。

改革≠ヘ料理人の意識まで

別の日。座敷のサービスを担当する女性の仲居が内線のインターホンで客の到着を告げる。「3名様おそろいです。お一人、男のお子様です」。無言で翌日の献立作りに没頭していた徳岡が顔を上げる。「何歳?」「小学2年生です。若主人(徳岡)みたいに元気なお子さんです」。即座に料理人たちが完成していた料理をばらし、量を変えて、盛りつけ直していく。続く品も子供が食べやすい味付けに切り替えられていった。

徳岡は「変わらない味」という売り文句は使わない。70年の歴史と湯木貞一による数々の看板料理を持つにもかかわらず、だ。「だって変わらない味なんてないから」とあっさり言う。自然から取れる食材にも、それで作る料理にも「均質」はないというのが持論。「明石産の同じ重さの鯛でも個体ごとに味は違う。人間の顔が違うようにね」。だから「『昨日と同じ料理は作れません』が正解。ましてや湯木貞一の時代と同じ味は作れないし、作らない」

変えたのは料理だけでない。例えば若い料理人の育成方法だ。だしの味を決める煮方、華やかな盛りつけを作る八寸場など、重要な仕事をどんどん任せていく。「出来るだけ早く、しっかり技術を身につけてほしいから、丁寧に教える。昔の職人は技術は盗んで身に付けろって教えなかった。でもそれは先輩が自分の存在価値を維持するための方便やったんちゃうかと思う」と言い、「封建的で非効率」と切り捨てる。採用、広報、資産運用の手法まで一変させた。当然のように折々で揺り戻し≠ェ起きた。

集中:八寸場の若い料理人たち。季節の花を使い、華やかな一品を作り上げる

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