Photograph & Text by Noriko Yamaguchi
山口規子
栃木県生まれ。クレア・トラベラーをはじめ女性誌を中心に多彩なジャンルで活躍中。徳岡邦夫氏との共著『嵐山吉兆 春の食卓』『嵐山吉兆 夏の食卓』『嵐山吉兆 秋の食卓』(ここまで既刊)『嵐山吉兆 冬の食卓』(11月刊行予定)
写真:15歳の時から嵐山吉兆本店で修業を始め、1995年から料理長として現場を指揮。世界を舞台にトップシェフとして活躍しながら、失われつつある日本の食文化、食育の大切さを守り伝える活動も続けている
初めて京都吉兆嵐山本店の門をくぐったのは2006年春のこと。四季折々の旬の食材を吉兆の技で家庭料理として味わう、という本の企画に私はカメラマンとして参加することになったのだ。打ち水された玉砂利が、足裏に心地よい緊張感をかもし出す。この本は日本を代表する料理人、徳岡邦夫氏の最初の著書になる。玄関へ通されると真新しい畳の香りが私たちスタッフを包みこむ。そこへ徳岡邦夫氏がぬっと現れた。「なんていい顔をしている人だろう!」。それが第一印象だった。いい顔の料理人はおいしいものを作る。それはこれまでたくさんの料理人や外国人シェフたちと一緒に仕事をしてきた経験が、私に教えてくれたことだ。美男子やハンサムという意味ではない。とにかく「いい顔」なのである。
京都人はしきたりや歴史を重んじ、そこへこもるという印象が私にはあったが、徳岡氏は根っからの自由人でもあった。玉砂利の上でトマトを撮影していると「ふーん、そんなとこで撮ってるの」と興味津々。あ〜あ、と言っていきなり畳の上で横になる。撮影用の鱧が桶から庭へ逃げ出した時、最初に追いかけていったのも徳岡氏だった。ただ料理に対する情熱は半端なものではない。「人間の土台は食べるものからできているのだから・・・」と語りだすと止まらない。「そろそろ料理を作ってください」と何度、貴重な話の腰を折らなければならなかったことか。
十数回の嵐山詣でで学んだこと。それは山の色、川の音、鳥の囀り、透き通る空気。春には筍、夏には胡瓜、秋には栗、冬には大根、自然の摂理にあったものを食べることの大切さだった。結局、人間を動かしているものは「気持ち」と「食べ物」なのだ。海外出張が多い私にとって日本の細やかな思いやりの気持ちを再認識し、素晴らしい食材に出会えた「こころ満腹、おなか満腹」の実り多き旅であった。
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