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“幻”の間人(たいざ)ガニを生み出した間人漁港(京丹後市丹後町)。大形のオスの活ガニは、デパートでは5万円以上、時には10万円もの値が付く。1次産業の産地としては、全国でもたぐいまれなブランドだ。しかし約300人の組合員をまとめる丹後町漁業協同組合の組合長、佐々木新一郎(66)は「毎年毎年、不安ですよ」と意外な言葉を漏らす。「私らは小さな組合。シーズン前には、どれくらいの値が付くか心配」。ブランドを支えるのは、その商品の品質に対する信頼だ。間人ブランドへの信頼は「厳しい品質管理のたまもの」と佐々木は言う。「間人の漁師はいい加減なものは出さん。その積み重ねが評価されてきた」。しかし品質のハードルを高くするほど、安定供給は難しくなる。「だから販路を増やしたい。コッペは販路拡大の候補の一つです」
メスのカニ、通称コッペの市価は、最も大きいもので1杯3000〜4000円、平均では1000円程度だ。味は知る人とぞ知る逸品だが「ブランドになっていない」(佐々木)から、値が上がらない。間人ブランドの証明としてカニの足にくくる緑色のタグも、メスガニには付けられない。コッペの単価が上がれば、間人は間違いなく潤う。そこに徳岡邦夫(47)=京都吉兆嵐山本店総料理長=が、間人コッペと吉兆の酢をセットで売るアイデアを出した。「ありがたい話」。漁師たちの声も明るくなった。

しかし実現にはいくつかのハードルがある。
最大のハードルは徳岡自身の食材に対する「慎重さ」と「厳しさ」だ。間人を訪れ、水揚げされたばかりのカニを見ても、徳岡はほとんど何のコメントも発しなかった。漁師や地元の仲買人に質問はするが、具体的な評価はしない。自身が巨大なブランドを背負う故か、徳岡はブランド食材の名前に流されない。幻のカニですら自ら料理し、舌で確かめるまでは「まだ認めてはいない」という意志が感じられる。
「吉兆さんのブランド抱えてはるんやから」。そんな徳岡のスタンスに、佐々木は理解を示す。「間人ガニはまだ徳岡さんの信頼を得ていない。もし吉兆さんとコッペを売るならば、徳岡さんに恥かかさん品質やということを、私らの方が示さなあかん」。言葉に力がこもる。

「うちの食材、吉兆さんで使ってくれへんかな」「うちの商品に、吉兆さんの名前付けさせてもらえたら」徳岡の周りには、そんな言葉があふれている。だが徳岡がその言葉にうなずくことはほとんどない。「吉兆」の名を使えば、その食材や商品は容易にブランドになる。だが自前のブランド力は持ち得ない。「それぞれの産地が、自分たちの力でブランド力を持つ。僕はその“お手伝い”がしたいんです」。時に、強い口調でそう説明する。
佐々木率いる間人の人たちは少し違うようだ。「1次産業を大事にっていう徳岡さんの言葉に惚れたんです。あの心意気に応えたいんですよ」間人で何が生まれるか。今年のカニ漁は間もなく始まる。
=敬称略、つづく
 
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