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3月19日になくなったSF小説の巨匠アーサー・C・クラーク。彼の代表作の一つに「宇宙のランデブー」というシリーズがある。その中に「京都の吉兆」が登場する。はるか未来の物語世界で「吉兆」は、今の嵐山本店と同じ姿で描かれる。徳岡邦夫(47)=京都吉兆嵐山本店総料理長=はかつて「未来もこんなふうに、吉兆が続いているといいね」と語ったことがある。4月10日、徳岡と京都吉兆に、新たな歴史が刻まれた。北海道洞爺湖サミットの舞台「ザ・ウィンザーホテル洞爺」への出店発表。記者会見場となった東京都内のホテルで、徳岡は「北海道の地でなくてはならない、必要とされる存在になりたいと思います」とあいさつした。
ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル社長の窪山哲雄は言う。「吉兆ブランドを求めたのではない。私がほれ込んだ徳岡邦夫という人が、偶然吉兆の人だった」。そして「彼は食を核に日本の文化を創っていける人」と絶賛する。 |
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徳岡が終始、言い続けていることがある。「幸せになるために必要なことって、なんやと思います?食べることですよ。健康に生きてこそ幸せでしょ。そのためには『食』が一番大切なんですよ!」
「なのに」と、時にやり切れなさが声に混じる。「食は置き去りにされている。ファッションとか家とか車とか、見た目ばかり重視して、経済至上主義に走る人が多い。生きるために本当に大切なことは何か、実直で確実な幸せはどこにあるか。考えてほしい。経済が破綻しても生きていけるけど、食と、食を支える自然が破綻したら生きていけないじゃないですか」
そういう徳岡の心には自負がある。「料理人は食のプロフェッショナル」という思いだ。食の現場、食材を生む一次産業の現場、そして一次産業を支える自然環境の現状。料理人はそれをリアルに感知できる。だから言う。「料理人は、レストラン経営だけしてはダメ。もっと大きな責任がある」
人工増加が続く世界で、日本がなすべきことは何か。国内の食料自給率低下を食い止める方策は。徳岡は本当に四六時中、考え続けていた。だから政治家や財界人、学者と議論をする。メディアでは問題提起をし、学校では「食育」に携わる。
「食の視点なしに、世界は維持できない」。その信念こそが「食のプロ」たる徳岡を突き動かす。クラークが描いた未来図。それは徳岡にとって吉兆の存在以上に、日本と世界の食が、破綻せず維持できている世界でもある。「そのために僕はできるとこをやります。これからもずっと」
料理人の仕事、使命は料理をすることだけではない。食が持つ大きな力。それを世界に伝えたい。徳岡はそう願い続けている
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=敬称略、おわり
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