嵐山の川沿いで車を降り、秋元さんの後を歩くと、小体だが品のいい玄関が現れた。丁寧に打水された砂利と庭木の放つ品格は、ここが『京都吉兆嵐山本店』であることを雄弁に語っていた。
仲居さんに通された部屋は「東屋」という広間だった。掃き出し窓の向こうに見える風雅な坪庭に屋根付きの燈明台があった。よく見ると、その屋根の上には数本の菖蒲と蓬が並べ置かれている。「あの菖蒲は端午の節句の昔からの風習で、邪気払いなんです」燈明に灯がともされた。
美しい創作家たちの才能論
席につくと襖からひょいと男が顔をのぞかせた。男は秋元さんに「どうも」と手を上げた。秋元さんの友人、窪田康志さんだった。「さっき秋元さんから連絡があったので、お邪魔しにきました」
窪田さんはわざわざ東京から京都まで、連絡ひとつで駆けつけてくれたのだった。これには驚いた。しかし、よくよく話を聞いてみると、秋元さんは普段から京都に来ると「美味しいものを食べるよ。みんな京都に集まれ」と友人たちを誘っては大勢で楽しい宴会を設けているそうだ。誘う方も、来る方も、遊び心たっぷりの酔狂な美食好きで、それだけに愉快極まる宴席となっているに違いない。
料理は向附のじゅん菜から始まった。椀の鶏汐仕立ての嘉味に目を細めていると料理長の徳岡邦夫さんが現れた。徳岡さんと秋元さんとは顔なじみで、お互いに尊敬し合う仲であることが会話の端々から感じとれる。
「徳岡さんの料理は和食の王道の更に上を行く工夫がありますね。そのときどきに閃くのですか?」「そうですね。まずは頭の中でレシピと味を構築し、実際に作ってみます」
そのことを秋元さんはセンスだと言い、徳岡さんは経験だと言った。どちらが正解なのかはさておき、至高のクリエイター2人が美味をテーマに朗らかに語る様子を眺めつつ至高の美食を堪能するのは、有意義にして感悦だった。
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↑「東屋」という名の、ゆったりと広い部屋。日本の四季折々の風情を堪能できる庭を眺めつつ、美味しい料理に舌鼓を打てる。 |
↑京都吉兆ならではの和食を創り出す徳岡邦夫さんと「美味のひらめき」について語り合う秋元さん。創作家同士の愉しい会話が続く。 |
京都吉兆嵐山本店 |
●京都右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町58 電話075-881-1101 営業時間11時30分(入店)〜13時(LO)、夜17時(入店)〜19時(LO) 休日水曜、年末 昼のコースは3万6750円〜。夜のコースは4万2000円〜。3日前までに要予約。HP:http://www.kyoto-kitcho.com/ |
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