帰り際、玄関の打ち水で光る三和土に、自分たちの靴だけがきれいに並んでいる様子もおいしさの増幅装置になる。更に「翌日『吉兆行ってきたで!』って周りに言う時に、またおいしくなるんですよ」。料理の技術論はあまり出てこない。「吉兆」という巨大な作品のプロデューサーのような視点だ。
だから徳岡は社員に「トータルでの満点」を課す。「5万円も頂くんですから。料理やサービスが完璧でも、最後に靴間違えて出したら、『吉兆行ったけどな、もうサイテー!』ってなる」
満点を出し続ける秘訣は、日常的な社員との語り合いだ。「一人一人が他の同僚の努力も背負っているんだって言い続けるんです。案内係、庭の手入れ係、サービス係、すべての社員に『君が料理している間、僕の代わりにその仕事をしてくれるんや』って。意識を高く持てと」。それぞれの社員の意義を論理的に説明し、社員の思いを一つにするのが徳岡の方法論。父とは思想を異にする。しかしこの2人、一言だけ同じ言葉を口にした。「吉兆を最高のものにせなあかん」。強烈なその思いは確実に共有されている。