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クリュッグ家のフラッグシップと呼ばれるグランド・キュヴェは、どのような席をも、どのような気分をも、どのような料理の場をも盛り上げ、引き立てると言われる。さらにどのような時間の雰囲気をも高める最高の伴侶ともいわれる。ふくよかさと力強さ、さわやかさと優美さ、辛口でまろやかなど・・・・相反する要素を兼備する幅広い味わいは大人びてゆったりとした昼下がりの小宴にぴったりだ。アンリさんは、グランド・キュヴェをしばしばシンフォニーにたとえられるが、さまざまな要素が主張しすぎることなくおぎない合う、さすがと言うべき、”品のある自己主張”が伝わってきた。
シャンパン用の三種のブドウを、二十から二十五の村のブドウ畑から選び集め、それも生産年の異なるものを、六年から十年にわたってまとめあげるという過程を経た作品でありながら、毎年変わらぬクリュッグのスタイルを保ちつづけている。グランド・キュヴェの深みとコクは、「縦」(複数の生産年)と「横」(複数のブドウ畑)のブレンドから生まれるというが、味や香りの調和スタイルの一貫性を成り立たせつづけているというのだから、私などからは、”不思議”というよりも”奇跡”という世界だ。
それに、私が興味深く思うのは、クリュッグ社というよりもクリュッグ家が、部外者を交えぬテイスティングによって、”これぞクリュッグ”といえるものを作りだしつづけている点だ。レシピも何もなく伝承されてゆく神秘の味という趣なのだ。
「アンリさんは、何歳の頃に自分が代々”比類ないシャンパーニュ”をつくる家の子だと意識をもたれたのですか・・・・」とたずねてみると、”生まれたその日”というおどろくべき答えが返ってきた。クリュッグ家の一員は、誰でも生まれると一番最初に、舌の上にクリュッグの一滴を垂らす。つまり、母の乳を飲む前にクリュッグの一滴と決まっているのだというのだ。それから成長するにつれて、祖父や父の言葉を聞き、クリュッグ家という環境の中で育つうち、ごく自然に自覚が宿るのだが、その中で祖父や父のシャンパーニュに対する”情熱”を躯に植えつけていくのだと、アンリさんは笑いながら言った。とくに変わった家庭環境でもありませんがね、という表情だった。
アンリさんはクリュッグが150周年の年にニューヨークへ行き、ワイン・ジャーナリストのために、いろいろな年のヴィンテージ物をテイスティングしてゆくバーティカル・テイスティングを行って、祖父の作品、父の作品、それにアンリさんの作品という三世代の作品をそこに出したことがあった。アメリカの若いジャーナリストが、目をつぶってテイスティングしたあと、三世代が造ったはずのシャンパーニュが、一人の人の作品ではないかとも思えてしまうくらいにスタイルが踏襲されている、保たれていると言ったという。このエピソードを、アンリさんはうれしそうに語っていた。
「普通は”これでいいだろう”と歩みを止めるところで、クリュッグは”さあ、これからだ”と歩き始める・・・・まあうちのファミリーにしてみれば当然のことです。真実の追求というか、すばらしいもの大好き人間・・・・これがうちの家系。それと同時に、シンプルでいこうというのがうちの特徴ですね。これも、とても重要なことです」
情熱というものを躯に植えつける、長期的視野に立っての仕事であることを自覚する、短期的に楽をしない、妥協しない・・・・というような精神の伝承、知恵の伝承がもっとも重要だと、アンリさんはかみしめるように言っていた。このような家庭環境、家訓の中から”比類なきシャンパーニュ”が生まれるというのは、十分に納得のできることだった。


クリュッグでは、第一次発酵にオーク材の小樽を使い、このオークの小樽へのこだわりがクリュッグの”スタイル”を決定づけるとはよく言われることだ。では、オーク材の小樽をつくる職人は減っていないか・・・・これは京都の職人を取材したときのことを頭に浮かべた、私なりの心配だった。畳職人や簾職人はいても、その下請けの畳の芯をつくる職人や簾の材料たる葭をとる職人がいなくなる、それが京都の職人がかかえる実情だったのだ。
アンリさんから、木樽職人は減っているが、同時に集中化の傾向にあり、独立的につくっているのではなく、少ない大規模なメーカーが数多くつくるようになっているという言葉が返ってきた。どうやら、この件に関しては京都の職人ほど追い込まれてはいないようだ。そんな話題から、有機農法と科学農法の関係などに話がすすむうち、アンリさんの顔が、偉大なる農業人として私の目に焼きついた。それは、きわめて理性的な農業人の顔だった。お天道さま、つまり気候と一緒に仕事をしている、人間が支配できないことと関わっている農業の神秘性が、アンリさんの表情から立ちのぼるようだった。しかも、いくら天候に恵まれても、正しいノウハウをもたなければもちろんおいしいシャンパーニュはできない。
「いわゆる醸造家の持つもの、気候の持つもの、そしてワインの持つ性格というものを、何年にもわたって、うまくボトルの中に表現していく・・・・それが醸造家です」アンリさんはそう言って、「吉兆」のご主人がマツタケを焼いている姿に、うれしそうな目を向けた。”奇跡”ともいえる過程をへてつくられた”比類なきシャンパーニュ”の最終的帰結は、望むべき飲み手と望むべき極上の料理に出会うことだろう。その意味で、アンリさんと宴をともにしている私は、大それた役を演じていることになる。きみにその資格が?と自らに問いかけそうな気持ちを無理に押さえ込み、私はグランド・キュヴェからスタートし、1973、1976、そして1962という順番でヴィンテージ・ワインを味わうことに集中した。それぞれのシャンパーニュがつくられた年の気候が、いかにそれらしい味や香りをかもし出しているかが、アンリさんの説明によってよく理解ができた。

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