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アンドレアス・ダンネンバーグ(以下AD)  徳岡さんはジョエル・ロブションさんや、アラン・デュカスさんなどとの交友がありますが、西洋料理からの影響というのはありますか?
徳岡邦夫(以下徳岡) 洋食の人たちは新しいことをやっている人が多いですね。ビジュアルや素材のとりあわせなどなど。コースの始めから終わりまで基本に同じスタイル、イメージなんですね。でも、日本料理はそうじゃない。コースにあっても、味に訴えるもの、香りに訴えるもの、ビジュアルに訴えるもの。例えば、ひとり前ずつ盛りつけると、インパクトがないけど、3人前をひと皿に盛ってくる。それを、テーブルで取り分ける。それが八寸です。
八寸は茶事で尊ばれている花の象徴なんです。人間も自然の中の一部です。自分の生き様を花に託して活けるわけですね。開花瞬間の蕾を良しとします。亭主も客人も瞬間瞬間、枯れに近づいていく、同じ時間の流れの中にある。それを象徴しているのが、一輪の花なんですね。それを通して気持ちを通じ合わせようとしているものです。でも、花だけではなかなか伝わらない。その花を、皿の上でデフォルメしたのが八寸。湯木貞一が始めたものです。海のものと山のものをひと皿に盛る。その時その時の人にわかる見せ方をしていくんです。
AD 捨てるべき伝統、守るべき伝統というものがあると思うのですが。
徳岡 その質問はイタリアでもされました。スローフード協会の招きでサローネ・デル・グストで吉兆の懐石料理を披露したときです。新しい部分と古い部分の比率は? という質問です。でも、料理というのは私自身なんですね。自分の中にあるものしか出せない。僕は、今ここにぱっと生まれたわけではない。おじいさんがいて、おばあさんがいて、両親がいて、いろんな歴史があって、生まれて、社会を見ながら育っている。目の前に、今いらっしゃる方につくっているんです。昨日いらっしゃった方とは違うのです。材料にしても、明石の鯛といっても、毎日同じものが入るわけではありません。日々、変わっていくわけですね。新しいものは、私の中にすぽっと入ってくるのではなくて、私が積み上げたものの中に、じわっと染み込むように入ってくる。かつては、湯木貞一ならどうするか、ということを考えながら仕事をしていたことがありましたが、今はそういうことはしなくなりました。今の吉兆と、お客様、素材、調理場がどう思っているか、そんなことを見ながら、ものを考えるようにしています。
NYとかスペインで新しいことがもてはやされていますが、そこにはそれなりのベースがあって、それに新しい料理法、食材を取り込んでいるんですね。そこに新しいものが生まれるわけです。新しいだけではだめなんですね。その前の積み重ねがありますから。そして必要とされる物は継続し、必要とされないものは淘汰されていくでしょう。
逆にスペインなどでは、日本の技術を使っているところもあります。生っぽいところ、塩分控えめなところなどを取り入れている。例えば、60度台で調理すると魚もぷるんぷるんになる。それは、日本のようにお造りで食べられるような素材を使うわけです。ところが、生産者や流通などを無視して真似すると大変なことになる。鮮度の悪いものを使って形だけ真似すると、この調理法は危険なんですね。他の分野でも同じで、金融でも、政治でも、背景を知らずに取り入れるのは無理がある。吉兆も江戸時代のものがそのままあるわけではないですね。少しずつ変化して、今になっている。なぜ、そこにあるのか? 背景をふくめて取り入れないといけない。経済、政治、企業も同じで、時間がかかる。 素材の部分は非常に大事ですね。ひところ、吉兆辞めて農家をやろうか、ということを考えていたことがありました。農業にしても、漁業にしても生産者というのは、実際に食べ物をつくっている。生きるためには一番大事な職業ですよね。それが、世間に認められていない、認知されていないんですね。そこを改善していきたい。フラットなコミュニケーションの場所をたくさんつくらないとだめでしょうね。レストランがその役目を果たさなくてはならないし、今の環境がそれができる仕事だと考えています。
AD 徳岡さんが考える京都料理の心とは?
徳岡 むずかしいですね。愛とは何? といわれているような。相手を思いやれることではないでしょうか。どれだけ思えるか、どれだけお客様に合わせることができるか、どれだけ気持ちをくみ取ることができるか。そして、それを形にする。それが料理だと思います。そのための技術がある。生産者の方の気持ち、情熱もその料理に乗る。そして責任を持つことだと思います。

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