徳岡: 若手料理人と言えば、僕もそうなんですけど、未熟というよりも、まだまだ可能性があるという意味だと思うんです。ある程度のことは経験しているわけですから、いろんなことを発信したり、吸収したり、そこだけに留まらないで何かやってくれるんじゃないかという期待感がありますね。
笹岡: 和食の世界というのは、伝統の世界ですよね。だから、今まで連綿と受け継がれてきたものがある。そういう中で、若い人が新しいものを作っていく。伝統はつねに新しいものを取り入れていくから続いていくのであって、つねに変わってきたんです。若い人が一番流行に敏感ですから、若手がこれからの伝統を作っていかなければならないんですよね。
平松: 伝統を受け継いでいらっしゃる方って、京都には凄くたくさんいらっしゃると思うんですけど、お若い方はどうなんですか?
笹岡: 僕の場合はまだ家元を嗣いでいないので、人の評価を気にしないで何でもできる時期だと思っています。
平松: 一般的に東京の人は「京都は守っている」というイメージを持っていて、お店に行った時も、いわゆる京都的な物、昔ながらの変わらない物を皆期待してたり。でも、実際は、京都の人って新しい物が好きだったりする。新しい物が取り入れられていることは、東京ではあまり知られてないんですよね。
徳岡: 京都には「残す勇気と変える勇気」が必要なんですね。年配の方とか、初めての方には、昔ながらの祖父(「吉兆」創始者・湯木貞一氏)がやっていた料理をお出しすると喜んでいただける。僕ぐらいの年齢や、何度もみえてる方とは出す料理を変えています。「吉兆らしさ」も出しつつ、お客さまの要望にいろんなパターンで対応できなければいけないなと常々感じています。
平松: そう思いますね。京都にはそういった部分を大事にされている老舗が多いですね。「京料理 道楽」には仕事などでうかがいますが、老舗ならではの気遣いを感じます。貯まいはもちろん、器も江戸時代の物を使ってらっしゃったりして。器と言えば、「大神」も凄くこだわってらっしゃいますね。料理の出し方もちょっとずつ、いろんな器がたくさん出てくる。バカラにちょこっと盛ってあったり。女性の為に作ってらっしゃるなって、凄く感じました。
笹岡: 僕は「二條 ふじ田」によくうかがいます。和菓子の老舗「二條若狭屋」のご子息なんですよ。必ず最後に、「二條若狭屋」のお菓子がお抹茶と一緒に出てくるんです。ご主人は、京都一と名高い寿司屋の「蘭」で修行されたんですが、ちらし寿司が美味しくて、リクエストすれば自分の好きなお寿司も出していただけます。
徳岡: うちで修行してた「祇園 にしむら」もがんばってますよね。
平松: 一回だけうかがいましたが、なんか勢いがあるような、ご本人の持ってらっしゃるパワーを感じました。
徳岡: 料理はね、技巧的な部分より、ストレートな部分が多いんですね。「祇園 にしむら」の主人は、オープンな感じというか、言い訳はしないような感じの人ですね。男気があるというか。
平松: 潔い…と。この前「祇園 さ々木』にも行きましたが、ご主人の佐々木さんはスカーンとした方で楽しんで味わえました。
徳岡: 「祇園 さ々木」は、僕も行ったことがありますね。勢い
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Ryuho Sasaoka
未生流笹岡家元嗣。1974年、京都市生まれ。若手華道家として、国内外での「いけばなパフォーマンス」など、多彩な生け花の世界を展開している。http://www.kadou.net |
があると言うと、「くずし割烹 枝魯枝魯」もいま凄い人気があるそうですね。次の出店は東京なんでしょう?ターゲットを決めて、どういう人にアピールするのかとか、自分の伝え方を知っている。マネージメントがしっかりしているんだなって感じがしますね。
笹岡: それぞれ、いろんな心意気感じられるのがいいですね。素材同士のコラボレーションを楽しんだり、そんな遊び心を持っているのが京都の若い人たちの良いところじゃないでしょうか。
徳岡: ”食べ心地のいい店”というのは、人と人との関係をもう一回見直せたり、育めたりするところでしょうね。ダメなところはダメ、嫌いな物は嫌いと言う。文化は人と人とをぶつかり合うこと。新は新、古は古だけのぶつかり合いでなく、関東と関西がぶつかり合うということで、健全な物が生まれたらいいなと思いますね。