大いなる期待を持って訪れる。
さまざまな客を
心尽くしのもてなしで迎える料亭。
大勢の料理人が立ち働く
その巨大な厨房では
だしとひとくちに言っても、
ひき方も用い方も様々。
幾種類ものだしが
日々に使い分けられている。
食材を最大限に活かす
だしの在り方とは。
全国にその名を知られる料亭、
京都吉兆嵐山本店を訪ね、
だし素材の選び方、ひき方、使い方、
その秘訣を見聞する。
一期一会の茶の心得と、四季の風情を映す華やぎが吉兆の料理。剛と柔、一見相反する精神が見事に調和しているのが、いわゆる吉兆らしさ。だしのとり方も同じである。繊細に素材を選び抜き、感覚を研ぎ澄ませて大胆に調理する。これが吉兆流のポイントだ。
京都吉兆三代目主人・徳岡邦夫さんは、可能な限り食材を生産地から仕入れる主義を貫いている。もちろん、だしに使う昆布、鰹節もそう。昆布は道南・白口浜の天然真昆布。上品で甘みのあるだしがとれる、昆布の王様だ。鰹節は鹿児島県の枕崎産と山川産。一本釣りの鰹にカビをつけた本枯れ節の雄節のみを使用する。脂肪分の少ない、血合いを除いた背側を用い時間をかけて作る鰹節だ。逸材を惜しまず使う。それが味の核になる。
(1)冬のメニューである「ネギご飯」に使うのは昆布だし。濃口醤油を少々入れただしをたっぷりと米に含ませる。(2)水に浸けて数時間で膨張しきった昆布。これが昆布だしとなる。(3)鰹節をガーゼに包んだ、通称”鰹ボール”は、追い鰹をする時に使われる。(4)薄暗い食材部屋はさながら宝物蔵?高価な食材が保存されている。
現在、吉兆では、上品な味わいの山川産雄節と、ややクセのある枕崎産雄節、作り方の異なるメーカーの2種を巧みにブレンドして使っている。山川産だけだと単調になりやすい反面、枕崎産だけだと個性が強すぎる。双方を合わせることで深みのあるだしがとれるというわけだ。
また、暑い季節は、だしがサラッと仕上がるように、高価なことでも知られる香深産の利尻昆布を使う、二番だしには少し羅白昆布を足すなど、食材や気象条件に合わせて、だし素材やだしをひく際の火加減、時間などを使い分ける。結果、唯一無二、その日、その時の料理にベストマッチのだしができあがるのだ。
(5)削る前の本枯れ節は、表面にびっしりと粉が吹いている。(6)種類によってだしの水色はさまざま。(7)(8)専用の機械で削られた鰹節は、すぐさま調理場へ運ばれる。
「鰹節用意して!」。
三代目の声が聞こえると、厨房の端にある、一坪ほどの薄暗い収納庫。各種鰹節、調味料などが保存されたその小部屋には、えもいわれぬ旨み成分たっぷりの香りが充満していた。お目あての鰹を取り出し走る先には、鰹削り用専門の機械。使うたびごとに削るから香りが高く新鮮なのである。待ち構える主人。鰹節を受け取るや、沸いた昆布だしに素早く投入。用途に合わせただしが作られていく。
「日本料理のだしをとるのに要する時間は、昆布や鰹が製品になるまでの手間ひまを考えたら、ほんの一瞬。生産者が苦労を重ねて作り上げた一級品を使わせてもらうからこそ、多くの人に喜んでもらえるだしができあがる」。そう話しつつ、主人はだしの香りと味を確かめた。
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