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食の嗜好は人それぞれである。またそれは時々によっても変化する。たとえば、海外旅行などで濃厚なご馳走ばかりが続いた後は、日本の淡白な旨みが非常に美味しく感じる。逆の場合もある。年齢や体調にもよるだろう。通常は食べる側が料理を選択することによって、それぞれの嗜好を満足させている。吉兆は違う。作る側が食べる側に料理を合わせてくれる。グループで訪れた場合、隣の友が食べている一品は、自分の前にあるものとは全く異なった味付けがされていることも、吉兆では日常の風景だ。
贅を尽くしたしつらい、器、食べ手に合わせたオンリーワンのためのオーダーメイド料理。そこに吉兆の存在意義がある。
徒に、贅を尽くした食材をふんだんに使っているだけではないことも忘れてはならない。スポットの当たらない全国各地の生産者たち。だしに不可欠な鰹節しかり、昆布しかり。天候と戦いながら苦労と工夫を重ね、少しでも良い食材をと切磋琢磨している生産者のこと。吸物を飲みつつ、北海道の昆布採り風景や鰹漁船を思い描いてもらえたらと願う。それを料理を通じて食べ手に伝えることは「料理人としての義務だと思っています」と徳岡さん。吉兆の伝統を踏まえつつ、新しい味の追求にも余念がない三代目だ。
今回ご紹介したのは舞台裏のほんの一部。この何十倍もの労力に支えられた表舞台には、それなりの豊かな時間が待っている。

600坪の敷地に9室のみの贅沢さ。どの部屋もそれぞれに趣向が凝らされている。

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