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京都には、謎めいたイメージがあり、それが人々の心をくすぐり続けてきた。
若い女が、ふらり一人旅でやって来る。傷ついた気持ちを癒すためか、それとも、新しい恋を求めてか。
ある男の、こんな話もある。 |
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京都へ一緒に来た女とは、全部別れてしまった。
真夏の蝉時雨の降る銀閣寺への道を歩いた女とも。牡丹雪を、街を行く市電の中からただ黙って見ていた女とも。恋の実らない街だ。
と。
三日も経てば忘れてしまう女心と違って、人生の一辺を引きずって歩く男の切なさが滲み出ていて面白い。
さて、何が謎めいているのか。
鴨川も、大文字山も、大河内山荘も、それは単純すぎる。
そうではない。幾百年、幾千年もの歴史を持つ寺も生臭く存在するが、もう一つ、京都には、廓、艶やかな舞妓、芸妓の世界がある。つまり、花街が五つ、それを五花街という。普通の人間には近寄りがたい独特の雰囲気と様式を持つ別世界である。
大昔の話。 一流の大店を張るあるじが、大散財をくり返し、ようやく通人と呼ばれる頃には、紙衣の境涯に落ち、裏店往まいになっていた。
廓では、一財産無くさなければ、通人にはなれなかったという話である。今、そんな怪物は居まい。
そんな一見の客ご法度の、謎めいた艶やかな世界の奥に何があるか、ちょいと覗いてみたくなった。
助っ人は、嵐山吉兆ご主人、徳岡幸二おとうさんと祇園の芸妓、まめ鶴お姐さん。
お後がよろしいようで。
編 集 さすがだなあ、この艶やかさ。
主 人 それはもう、 一番売れっこさんやもん。
まめ鶴 よろしゅうおたのん申します。
編 集 お座敷に何人か芸妓さんが入って行く時、順番てあるんですか?
まめ鶴 若い順から入って行かはるんどす。後からお姐さんが。先ず上座のお客さんのとこに若い人が座るんどす。そのうち変わったりするんどすけどね。
編 集 一番しやべるのは誰なんですか。
まめ鶴 そらもう、その時の会話で。
主 人 なじみのお客やったら舞妓ちやんでもフーとしやべる子もあるし……。通てもらわなあかんな(笑)。
編 集 金が無いと行けないし、まいったなこれは。ワッハッハッハ(ごまかし笑い)。
まめ鶴 そやから、決まりで、お姐さんしやべりはるとか、そんなん全然おまへんのどす。その場の雰囲気で。
編 集 安心した。
主 人 気軽ですがな。
編 集 舞妓さん、不作法して変なことしやべったりして、後で怒られるなんてあるんですか。
まめ鶴 あんまりお行儀悪いとね。
主 人 そやけど、皆小さい時から仕込まれて大きくなって来たんで。失敗したな思たら、お姐さんの顔見てますわ(笑)。
編 集 黒、あれは正月だけなんですか?
まめ鶴 黒紋付は、舞台で舞う時にも着せてもらいます。
主 人 手打ちの時も。京都には手打ちいう出しもんがありまして、祇園だけやけど。やってもらう方も嬉しい。どこそこの銀行のだれそれさん何周年おめでとうございます一言うてね。歌の文句の中に入ってるんです。
まめ鶴 拍子木釘ちながら、祝い言葉とか誉め言葉言わしてもろて。
主 人 ビックリしまっせ。全員一糸乱れず。
編 集 ほう、何人位で。
まめ鶴 十人前後どす。
主 人 行く所によって出し物が違う。ええもんどっせ。
まめ鶴 七福神とか、花ずくしとか。
主 人 東京へも、大阪、神戸へも、ほいで百万石へも年に一回。
編 集 行く時は着物姿じやないんでしよ。
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「そして、京都。」対談
京都嵐山吉兆ご主人 徳岡幸二氏
京都祇園芸妓 まめ鶴さん
編集人
撮影者 溝口照正 |
まめ鶴 いえいえ、着物姿で。
編 集 そう、そうなんですか。
主 人 居合わせた人喜びはりまっせ。
編 集 何か得した気分になりますね。
まめ鶴 全員そろて移動することが多いんで。
編 集 海外は?
まめ鶴 まだ無いんどす。
主 人 海外へ行ったらビックリしはると思うわ。
編 集 行きたいですね。真面目に考えなきゃいかんですね。ブロードウエイなんかで。
主 人 そうなったら面白いな。
編 集 こんなこと聞くの野暮ですけど、ご主人そうとう遊ばれたでしょ。
主 人 何が……(笑)。
編 集 ちょっと色気のあるところ、話してくださいよ。
まめ鶴 そらもう、おとうさんは……。 |