

その土地だけで消費されているもの、そこで食べることに意味のあるもの……いろいろな場所の美味がいつでも味わえる日本にも、まだまだ私たちの知らない食の宝はあり、新しく生まれてもいます。今、日本の食の多様さと力強さを教えてくれるのは土地に結ぴついた料理。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが現代の新・名物料理を探す旅が始まります。
デザイン/長友啓典+K2
撮影/吉市和義構成/石塚晶子
名物料理というのは、本来、ある地方だけで食べられているものだ。では松花堂弁当はどうだろう。果たして名産、名物料理と言えるものだろうか…。
現在、松花堂弁当は日本全国どこでも食べられる。ちょっとした和食屋ではランチメニューの看板商品となっているし、劇場やデパートの食堂では定番だ。それだけではない。駅弁にもなっているし、パン屋やコンビニにも置いてある。それくらい一般的な弁当だ。
しかし、実は、「本当の松花堂弁当」はどこにでもあるものではない。松花堂弁当には発祥の地があり、考案した人間もいる。今も正式のそれを出している店がある。つまり、ちゃんとした名物料理なのだ。
2002年の4月、京都府八幡市に松花堂美術館ができた。松花堂昭乗の書画を主体とした美術館であり、庭園や茶室も併設されている。さらにはミュージアムレストランもある。その店、吉兆松花堂店で出されている松花堂弁当こそ、本来の姿を残したものであり、考案者、湯木貞一の心を受け継いだものと言える。湯木は吉兆の創業者であり、日本料理を世界に広めた男だ。晩年にはその功績により、料理人として初めて文化功労者ともなっている。
彼の著書『吉兆味ばなし』(暮しの手帖社刊)から松花堂弁当についての記述を拾ってみよう。
「松花堂は人の名前です。これは伝説ですが、豊臣家の息子のことになっているようです。松花堂昭乗といって、大坂城落城のずっとあと、八幡の男山、八幡の裏手のほうにいおりを結んで暮し、小堀遠州が監督かたがた、ともに風流、風雅をたのしんだ、といわれています。(中略)その庵のなかに、薬箱にも、種箱にも、たばこ盆にも、弁当にもしたのでしょう、四角い箱で、深さは七、八センチ、なか十文字に仕切ったものがあったのです」
文・野地秩嘉
のじつねよし東京生まれ。ノンフィクション作家。食やサービスなど身近なジャンルに意外な視点で迫る。著書に『食物語』(光文社)『キャンティ物語』(幻冬舎)、『スイス銀行体験記』(ダイヤモンド社)など。 |
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