「それにしてもおやっさん(湯木)は怖かった。私は叱られてばかりでした。おやっさんはいつも、どうしたらお客さんに喜んでもらえるか、ばかりを考えていた人で、お客さんのことを考えて仕事をしろと言ってました。松花堂弁当もお客さんに新しい趣向の弁当を食べていただきたいという一心で作ったものなのです。
料理の道で私がおやっさんから教わったことは『寸法と間』です。『寸法』とは、例えば鯛の刺し身を作るとします。厚さを何ミリにしろというのでなく、『鯛は薄かったら貧相や、厚かったら品がない。ど真ん中の寸法で切れ』と。いつも同じ厚さに切るのではなく、鯛を見て、お客さんが若い人なのか、年を召した方なのかを見て、それに合わせて刺し身
を切れ、というのです。『間』も同じこと。お客さんが食べたい時に食べたいものをちょうどいい温度で出す。お客さんの身になって料理を作る、
料理を運ぶ。吉兆は料理の技術がうんぬんという店ではありません。それは当たり前のこと。
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| ふたを開けると、色とりどりの料理が盛り込まれていて、まず目を喜ばせてくれる。季節の味が少しずついただけるのが楽しい。 |
お客さんに喜んでいただくことを第一にする店なのです」
徳岡氏は「いつもおやっさんに怒られていた」とくり返すが、ほめられたこともある。それは料理がうまくできた時ではない。入店してすぐの頃、彼は庭の草が伸ぴていることに気づいた。そこで調理場に入る前に、庭に下りて雑草を抜き、打ち水をした。それが湯木の耳に伝わると、湯木は「ようやった」と笑顔でほめたという。
松花堂美術館で弁当を食べていた時のことだ。ある女性従業員が私のお茶がなくなったことに気づいた。「お注ぎしましょう」と言い、彼女は私の前から茶碗を取り、お盆に移した。そして、急須から熱い茶を注ぎ、あらためて私の手元へ。一流と言われる店でさえ、お茶のお代わりというとその場で注いでしまう従業員がほとんどだ。美術館のなかのカジュアルな店なのに、お茶ひとつ入れるのでも、ちゃんとお盆の上に茶碗を移す。吉兆ではひとりひとりの客に丁寧に接しているんだなと思った。
「お客さんに喜んでいただく」-−それが湯木貞一の目指したことだった。
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きっちょうしょうかどうてん
京都府八幡市八幡女郎花43
京阪八幡市駅より京阪字冶交通バス大芝下車すぐ。
рO75・971・3311
11:00〜15:00、17:00〜20:00(L.O.)
月曜休(祝日のときは火曜休)
松花堂弁当は3,500円。夜のみのコースは8,000円から。
15:00〜17:00は喫茶メニューとなる。
座敷が3室あり、6,500円の料理から利用できる。
松花堂庭園の入園料は大人400円、美術館の観覧料は大人400円(特別展は別料金)。いずれも月曜休。 |
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