意外に知られていない事実だが、料理屋の器遣いというのは、客で決まることをご存じだろうか。器好きな客の要求でもない限り、「料理を作る時点で全ての器が決まっていることはありません」(京都吉兆、徳岡邦夫氏)
和食の特徴のひとつに、器の豊富さがある。最初から最後まで、すべての種類や形が違う器が登場することも珍しくない。こんなうっかり見過ごしてしまう店に客が気付いてくれるのか、実は主人はもの凄く注目している。
だが、たとえ器の知識に自信はなくても、店の秘蔵ものを引き出し、様々に愉しませてもらう方法はる。
まず、最初の2〜3品が大切だ。そこでは客がどう器を扱うのか、さりげなく見ていることが多い。例えば、見慣れた「染付け」が登場すると、その中に年代ものが隠れていたりする。
器の良しあしはとても素人では判断できないが、そんな時でもすぐに役立つのが、同席する相手の器と比べることだ。時折、「絵変わり」といって、同じ種類なのに絵柄や彩りが違うことがある。そんなことを糸口にして話題を切り出せば、同席者のみならず、店側の印象もアップさせる、一石二鳥のコミュニケーションになる。
もしも、好みの器があれば素直に口にしたほうがいい。「好みに合う器があれば、極力、料理との調和を考えて意向に沿います」(徳岡氏)。こんな小さなやりとりが、今後、2回、3回と訪れる際の、店側にとっての貴重な情報蓄積にもなる。
ところで、器ばかりに気が向いていると、肝心な料理を話題にし忘れるという、本末転倒な事態にもなりかねない。料理人は「器ばかりで、料理は口に合わないのか」と、気が気でないそうだ。
こんな誤解を避けるためにも、「器」と「盛り付け」はセットで見ることをお薦めする。盛り付けひとつで、器も、料理も、印象が変わるもの。器の良しあしだけではなく、料理とのバランスを見ながら「引き立て合っていますね」と言えれば、最高の褒め言葉となる。
京都吉兆での器遣いを写真で見ると、絵皿に載せた料理などは、実に様々な盛り付けの工夫がなされている。例えば、染付けには模様が透けるように鰈の造りが盛られる。また四方の八寸皿には、絵文字が見えるように、ふたつの料理が対角に盛られる。本来、茶懐石の八寸は左手前と右奥に盛るのが決まり事だが、「敢えて逆さに盛って、形を崩したところを面白がってもらいたい」(徳岡氏)との意図が隠れている。
最後に、器を愛でる時注意すべきことは、自分の身の回り。例えば、指輪や時計などの装飾品。器を傷つける原因になるので外すこと。また、器の裏の銘を見るなら、手元で裏返して見る。こんな時のために器を拭える懐紙を忍ばせておくと、客としての株も上がるはずだ。小さな差の積み重ねが、客としての扱いの大きな差となって表れてくる。