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石黒:お客さまとのコミュニケーションは、企業にとっても重要な課題です。私たちはベスト・サービス・カンパニーであることを目指していますが、ではお客さまにとってのベスト・サービスとは何でしょうか。いくら良い仕事をしたと思っても、お客さまに合格点をいただかないことにはベストサービスなんてとても言えない。私たちが提供したソリューションやサービスがお客さまのビジネスの成功に結びつかなければ、お客さまの満足はあり得ません。料理の世界ではいかがでしょう。
徳岡:何よりもお客さまの満足を目指すという姿勢は全く同じだと思います。人と人との接点を大切に育ててきたからこそ湯木貞一があり吉兆があるので、この姿勢が変わることはありません。私たちにとって料理とは、お客さまに満足していただくための一つのアイテムです。だから個々の料理云々よりもまず、お客さまに必要とされる料理屋ではなくてはならないと考えています。
石黒:お客さまにはあらかじめ期待値があり、この期待値を上回ってはじめて満足度が上がる。お客さまが本当に満足するためには、この期待値を大きく上まわり、感動していただくことです。吉兆さんならばお客さまの期待値は最初からものすごく高い。それをさらに凌駕しないと、お客さまは満足しないわけですから、これは大変なことです。
徳岡:料理を提供する私達としてはそこまで深刻には考えていません。私について言えば、単に人と関わることが好きなのだと思います。誰かが喜ぶようなイタズラをしてみたいし、みんなが楽しむ顔も見てみたい。あの料理屋に頼めばきっと何とかしてくれるという信頼感があると、努力など苦痛ではありませんよ。期待値が高ければ高いほど、満足していただいた時の達成感もまた大きいわけですから。
石黒:そうしますと、お客さまが本当に満足したかどうかは、どのようにみておられるのでしょうか。
徳岡:正直なところそれが難しい問題です。お客さまに「おいしかった」と言っていただいても、本当に満足していただいたかどうかはわからない。社員にも常々言っていることですが、褒めていただいたからといって安心できません。料理屋がおいしい料理を出すのは当たり前ですし。本当に満足していただければ、言葉よりもまず態度や表情に出るものです。自分自身も、映画や音楽など本当に感動したときには涙が出ます。感動の極みが涙であるなら、お客さまを泣かせるのが私達の目標です。
石黒:涙ですか・・・
徳岡:京都吉兆の本店がある嵐山は、風光明媚な観光地として広く知られていますが、ではなぜこんなに多くの人が来るのでしょう。さまざまな人に聞いたところ、「ここへ来るとほっとする」とか「空気がゆっくり流れている」といった感想が多く、この二つが嵐山という土地柄のキーワードです。また一般に神社仏閣は部屋が広く天井が高いものですが、これは広く高い空間の中で「新たな自分を発見する」ためであると聞いたことがあります。自分と異質なものを認識して自分とのギャップの大きさを感じたとき、このギャップを埋める生理的反応が涙であるという話もあります。つまり料理についても、感動するのは頭であって舌ではありません。美味しく感じることは満足の前提ではあっても、大脳を揺さぶられて初めて感動の涙が流れるそうです。どこにでもヒントはあります。 |
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