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京都に落ち着いたら法然院へ向かう。清水寺でも、南禅寺でも、金閣でも銀閣でもなく、とにかく法然院に行くことにしている。
それは近くにあるノートルダム女学院生徒の茶色い制服姿が見たいからではない。
そこに行けば京都のどの寺よりも、すがすがしく知的な雰囲気を感じることができるし、境内には「法然の哀しみ」が漂っているからだ。
そして、法然院へ行く時には銀閣寺と南禅寺を結ぶ哲学の道を通ってはいけない。
その道には観光客が溢れかえっているから、原宿の竹下通りにいるような気分になってしまう。
白川通りもしくは鹿ケ谷通りから法然院に向かうべきだろう。少しの間、境内に佇み、庭をとぼとぼと歩いたら、
タクシーで京都駅の方へ戻る。 降りる場所は東本願寺の別邸、枳殻邸の向かい。そこには酵素を使った会員制の風呂屋がある。
京都酵素という看板がかかったその風呂屋には棺桶のような形の浴槽がいくつも並んでいる。
浴槽のなかには檜のおがくずが入っており、酵素を入れることで全体の温度が上がる。私たちはおがくずに埋まり、
蒸されるという仕掛けだ。指宿温泉にある砂風呂を想像するといい。酵素風呂は内臓疾患や皮膚病に効力を発揮するということだが、
汗を出すだけで人間は気分が前向きになるし、しかもビールがおいしく飲める。そこで私は夕食前には酵素風呂に入り、
食欲を沸き立たせることにしている。男子は越中ふんどしを着けて入浴しなければならないので、ふんどしの着け方を知らない人は
少しまごつく。
夜は祇園の焼き鳥屋、万輔、もしくは荒神口にある割烹安の兵衛へ行く。万輔ではさんかくとよばれる鶏の尻の肉を食べ、
安兵衛ではくみ上げ湯葉と甘鯛のオニオンスープを選ぶ。どちらの場合も飲むのは焼酎のお湯わりに大葉と鷹の爪を入れたもの。
これでますます身体があたたまる。食後には祇園のバー、モンクスへ。和風のバーで、カウンターと奥には掘りごたつの個室もある。
そこには嵐山吉兆の若主人、徳岡邦夫が先着していた。
「あはは、野地さん、先に飲んでます」
吉兆という大きな看板を背負い、神経を張り詰めて仕事をしているわりに、徳岡邦夫は屈託がない。彼はつねに笑っているか、
もしくは食べている。その時もおいしそうなビフカツサンドを頬張っていた。
「仕事が終わったら、おなかが減っちゃって・・・。ビフカツは酒のつまみ。後でまた何か食べに行きましょう。
いやー、ほんとに、この頃、酒がうまいなー」
大きな悩みがある、そう彼は言っている。その悩みとは吉兆の三代目であること。創業者である偉大な祖父、嵐山店を発展させた父、
そのふたりを継いだ自分は何をすればいいのか・・・、徳岡邦夫の頭は大きな命題があるのだ。
しかし、いつも豪快な食欲を見せる彼と会って、その悩みをちゃんと受け止める者はまずいないだろう。 |