もう一人の担当のスギモトは、ヨシオカより多少、私のことを心配しているらしく、「亭主の心得」という、写真入りの小さな虎の巻を用意してくれていた。しかし、お茶会の前日のことである。ちょっと遅すぎやしないかい?
いちばん実のある心配をしてくださったのは、有り難くも、かたじけなくも、裏千家のお家元だったのかもしれない。直前に、なんともお優しいメールをいただいた。
「老師は間口も奥行きも広いかただから、思いっ切り甘えるつもりでね。ただし、一期一会の覚悟を持つこと玄人∞素人≠フ差はないから、はしゃぎすぎにはご用心ください」
「一期一会の覚悟」とは一体なんだろうと、一瞬、不安がよぎるが、とにかく、「はしゃぎすぎ」には気をつけようと心する。
しかし、実のところ、はしゃいでいる暇などなかたのである。
当日、実際の茶事が行われる吉兆の茶席で、直前集中稽古ができるものと、私は信じていた。ところが、お茶会の準備に撮影が加わって、あたふたしているうちに、怒涛にように時間が過ぎてゆく。「お客様が見えました」という声を聞いたとき、まだ撮影は終わっていなかった。支度も、もちろん完全ではない。
茶事が行われる酉庵に移動するにも、お客様に見られないよう、こそこそと足音を忍ばせ、腰をかがめながら遠回りしてゆく。
酉庵の水屋には、私のお茶仲間、「御茶苦茶の会」のオットとオヤジが、袴姿で控えていた。本日、半東=Aつまりお運びを務めてくれることになっている。そして、こまねずみのように忙しく立ち働いているのは、なんと、茶碗づくりをご指南いただいた田端志音さん。水屋仕事のボランティアを買って出てくださったのだ。みなさん、ありがとう!
ねんごろに感謝する間もあらばこそ、「ダンさん、ちょっとこっち!」と、木村センセイが切迫した口調で、私を躙り口に呼んだ。
「この桶を持って蹲踞まで行って、右脇に置けを置いて、柄杓をとって蹲踞から水を汲んで、水を撒いて、その柄杓で……」
まったくちんぷんかんぷんの説明である。私にいったい何をしろというのだろう。
「亭主がはじめてお客様に姿を見せるんです。前半のハイライトですよ!」
と、後ろからヨシオカ。
そんなの初耳である。この二か月というもの、私は薄茶の炉点前の稽古しかしていない。
※右から/「酉庵」の水屋。こちらでは濃茶のための準備を整える。総料理長の徳岡さん(右)が用意した懐石の汁の味見をする檀さん。腰掛待合で席入を待つ正客と連客。このあと、檀さんが迎付でご対面。
※右上から/小間で始められた懐石。檀さんはまず正客の老師にお酌する。三客の西本久美子さん(左)と四客の明石初美さん(中央)は福井県から、お詰めの森田峯子さんは兵庫県から参加。千鳥の盃を受ける檀さん。
下/寄付に掛けられた檀さんのご尊父、檀一雄さんの色紙。力強い筆致による滋味豊かな言葉は、まるでこの日の茶会を予想していたかのような趣まではらんでいる。