■湯木貞一

湯木貞一(ゆき・ていいち)

明治三十四年(1901)、神戸の料理屋「中現長」の長男に生まれ、十五歳から料理修行を始める。

二十四歳のとき、松平不味の「茶会記」で、懐石に出会い、感動を受けて、料理を一生の仕事と定めた。

昭和五年(1930)に大阪で「御鯛茶処 吉兆」を開店。 現在の「吉兆」グループの創業である。

「御鯛茶処 吉兆」では、型に捉われることなく独創的な料理を板前スタイルで出し、それが噂を呼び文化人、政界人、財閥の方々の社交の場になっていた。また、茶道の精神とは、「身分に関係なく一人の人間として対等に付き合う事の出来る真摯な場所」ということから、茶道を社交の場として集まる各界のトップに湯木の謙虚さや人間性、情熱が伝わり、多くの方から認めて頂き、信用を築き上げる結果になった。

茶の湯の真情に根ざした料理は、季節を味わい、しつらえの演出が工夫され、「日本料理界は吉兆という風が吹いている」ともいわれた。その味と趣向を極め、気品のある日本料理は世界に誇るものとして、湯木は「世界の名物 日本料理」を標榜していた。